僕はなぜムスリムになったか その10   

お金がなくなる


マレーシアに着いた僕たちは、すぐにプルフンティアン島という島に向かいました。

まずは南の島のきれいな海をアリちゃんと子供たちに見せたかったからです。

結局この島に僕たちは一ヶ月ほど滞在するのですが、ここで僕は大きな誤算をしてしまいます。

離島のリゾート地であるこの島はマレーシアのどの地域よりも物価が高く、持っていたお金の半分をここで使ってしまったのです。

まわりを怪訝にさせながら旅立った僕たちなので、日本からの助けはほとんど期待できません。

シーズンの終了と共に島を出て、それから慌てて節約を心がけたのですが、それでも二ヶ月もたたない内に持っていた全財産を使い果たしてしまいました。

僕は行く先々で出会った人たちみんなに、ついに世界が解放されたという朗報を伝えていました。

これは、平和を望んでいる人や絶望を感じている人たちにとってはこの上ない希望のはずで、特にイスラム教国のマレーシアなら多くの方がこの知らせに喜んでくれると想定していたのですが、実際にこの話を信じてくれる人はほとんどいませんでした。

最後にたどり着いたランカウイ島というところでも、自作のDVDを配るなどして朗報の流布に努めましたが、全く相手にしてもらえませんでした。

僕は、ムスリム(イスラム教徒)でありながら神に出会う日を渇望しない、もっと言えばそれを避けているようにすら見える現地の人たちに少々腹を立てていました。

しかし、ついに食べるお金もなくなった時、僕は彼らの慈悲にすがる決心をしました。


その日は金曜日で、モスクでは丁度金曜の礼拝が終わったところでした。

礼拝を終えて出てきたムスリムの方に、家族に食べ物を恵んでもらえないかとお願いすると、彼は、これで何か食べなさいと言って、家族みんなが食事をできるだけのお金を手に握らせてくれました。

そのお金を持って近くのレストランへ行き、みんなで食事をしていると、別のムスリムの方がやってきて、やはり何も言わずに手にお金を握らせてくれました。

それから次々とムスリムの方がやってきて、みなが笑顔でお金を手に握らせてくれました。

今日泊まるところはあるのかと聞かれたのでないと答えると、その日は友達になったムスリムの方が家に泊めて下さることになりました。

そこで三日お世話になったあと、その友人が探してくれた空き家に住むことになりました。

そこは村にある古い空き家でしたが、彼は、僕たちが入る前に壁を塗り替え、カーテンもつけておいてくれました。

家賃はお金ができてからでいいと言い、当座必要なお金と食料も用意してくれました。

そうして僕たちは、この空き家で生活を始めることになるのですが、なんと驚くことに、それから四ヶ月間村の誰かが毎日ご飯を届けて下さったのです。

食べ物だけではありません。

当時、アリちゃんは臨月を迎えていましたが、彼女の病院への送り迎えも村の人たちがやってくれました。

毎日誰かが様子を見に来て、必要なものがあると届けてくれます。

その後アリちゃんは無事に出産し、赤ちゃんを迎えて家族六人での生活が始まりました。

僕たちは全くお金を持っていませんでしたが、困ることはほとんどありませんでした。

逆にお金がなくなったおかげで、人の優しさや親切というものにまざまざと触れることができました。

今の世界には心配が蔓延しています。

このような状況では、なかなか親切というものに触れることができません。

しかしムスリムの方は違いました。

彼らは、それが彼らの喜びでもあるかのように、僕たちの面倒をよく見てくれました。

今のような時代にあって、人間には親切という素晴らしい資質があることを子供たちが知ることができたことは、この旅の最も大きな成果の一つであると思っています。
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by tenpapa2013 | 2014-11-09 22:38 | 世界平和

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