カテゴリ:精神世界( 13 )   

「五次元への道(7)-The way to Fifth Dimension(7)」   

<自分の心を愛する-Love heart of oneself>


僕たちは自分の心を三次元の現実に投影して体験します。
We project our hearts to three-dimensional reality and experience it.


つまり心の数だけ三次元の現実が存在することになります。
This mean is that there will be three-dimensional reality as many as number of a state of hearts.


しかしほとんどの人は、この三次元の現実は一つしかないと考えています。
But almost people think that there is only one of this three-dimensional reality.


つまり無限の可能性を持つはずの心が、あるタイプの心に固定されているのです。
Because the heart that should have infinite possibilities is fixed as one type.





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by tenpapa2013 | 2017-02-24 11:40 | 精神世界

「五次元への道(6)-The way to Fifth Dimension(6)」   

<進化の分水嶺-Divide of Evolution>


みなさんはトランスヒューマニズムという言葉を聞いたことがありますか?
Have you ever heard the word "Transhumanism"?


これは簡単に言えば、科学技術で人間を進化させようという思想のことです。
In short, this is the philosophy of evolving humans with science technology.


例えば義手や義足の進化は、障害者の身体能力が健常者のそれを上回ることを可能にします。
For example, the evolution of prosthetic hands and feet makes it possible for physically disabled people's abilities to exceed that of healthy people.


パラリンピックの方がオリンピックよりも良い成績を挙げる-そのような時期が近づいているということです。
The Paralympic games gets better scores than the Olympics-It means that such a time is approaching.





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by tenpapa2013 | 2017-02-24 11:37 | 精神世界

「五次元への道(5)-The way to Fifth Dimension(5)」   

<悪魔との関わりを断つためには-Farewell to the Satan>


心の世界には想像し得るすべての心が現実に存在します。
In the world of heart, all the hearts that can be imagined exist as reality.


慈悲深い心や優しく親切な心からねたみ深い心や他者の不幸を喜ぶ心まで、様々な心が現実としてそこに存在しています。
From a merciful heart and a gentle and kind heart to a jealousy heart and a heart pleasing to misfortune of others, so various hearts exist there as reality existence.


一部のグループはそれらを心の振動数の違いとして表します。
Some groups explain them as differences vibration of heart.


もっとも振動数の高いのはやはり「天使」と呼ばれる存在の心でしょう。
The highest vibration of the heart is the heart of existence called "Angel" probably.


対して振動数の低い心、その中には狡猾さを伴ったとても厄介な心が存在します。いわゆる「悪魔」の心です。
On the other hand in low vibration heart, there is a very troubling heart with cunningness. It is the so-called "Satan" heart.





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by tenpapa2013 | 2017-02-24 11:35 | 精神世界

「五次元への道(4)-The way to Fifth Dimension(4)」   

<なぜ僕たちは制限のある人生を体験するのか-Why do we experience restricted life>


僕たちが、心という無限の現実を体験できる存在であることを話しました。
I talked about the fact that we are able to experience infinite reality as existence of heart.


しかし多くの人は、人生に何かしらの制限を感じて生きていると思います。
But I think many people are living with feeling some restrictions in their lives.


ではなぜ僕たちは、心という無限の可能性を持つ存在でありながら制限を体験して生きるのでしょう。
So why do we still are experiencing restrictions in our living even we are the being of infinite possibilities as a heart?





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by tenpapa2013 | 2017-02-24 11:32 | 精神世界

「五次元への道(3)-The way to Fifth Dimension(3)」   

<心の世界-Heart world>

心にはいろんなタイプの心があります。
There are various types of the heart.

明るい心、憂鬱な心、広い心や狭い心など..
Happy heart, gloomy heart, broad heart and small heart etc. .

人は暮らしの中でいろいろな心の状態を体験します。
People experience various heart conditions in their lives.

心にあるもののみを体験していると言っても過言ではありません。
It is no exaggeration to say that we are experiencing only what is in our heart.



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by tenpapa2013 | 2017-02-24 11:30 | 精神世界

「五次元への道(2)-The way to Fifth Dimension(2)」   

<四次元とは何か-What is four dimensions?>


では四次元とは一体何のことを言うのでしょう。
So what does it mean four dimensions?


まず線である一次元ですが、例えればこれは何もない平原をまっすぐに貫く一本の道のようなものです。
First regarding of one dimension that is a line, for example this is like an one road penetrating straight through the plain.


人はこの道を前後には自由に行き来できますが、左右の平原に降りることはできません。これが一次元です。
People can move freely back and forth on this road, but it can not be got down on the left and right plains. This is one dimension.


次に人は道の左右に広がる平原に降りても大丈夫ということがわかり、この平原を自由に行き来するようになりました。これが二次元認識の獲得です。
Next, the people understood that it is fine to get off on the plains spreading to the left and right of the road, then they became to move freely on this plain. This is acquisition of two dimensional recognition.


このとき人は、二次元である平原の上は自由に行き来できることを知っていましたが、彼らにとって上下とは言葉通り天と地ほど差のある全くの別物でした。
At this time, people knew that they could freely come and go over this two-dimensional plain, but for them "up and down" is totally different thing such as the heavens and the earth.


しかしその後に人は、海を含めたこの二次元平面を一周することにより地球が球体であったことに気が付きます。
But afterwards, people noticed that this earth was a sphere by going around this two dimensions plane include the sea.


そして宇宙空間に上下関係なく浮かぶ地球というものをイメージできるようになりました。三次元認識の獲得です。
And it became possible to imagine what the Earth is floating in space regardless of up and down. It is acquisition of three dimensional recognition.





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by tenpapa2013 | 2017-02-24 11:25 | 精神世界

「五次元への道(1)-The way to Fifth Dimension(1)」   

<三次元世界を体験する四次元存在-Four-dimensional existence that experience the three-dimensional world>


一枚の紙の上に二人の人物の絵が書いてあると想像してください。
Please imagine that there are pictures of two people on a sheet of paper.


同一平面上にいるこの二人の人物はお互いを線としか認識できません。(紙を横から見るのと同じです)
These two people in the same plane can only recognize each other as a line.(It is the same as seeing the paper from the side)


もし相手を絵と認識するには、相手に対して立体的な位置に視座を移す必要があります。
If they want to recognize each other as the person picture, it is necessary to move the viewpoint in a three-dimensional position relative to the other party.


つまり二次元平面上にいるときは相手が一次元(線)に見え、三次元的位置にいると相手が二次元に見えるのです。
When he is on a two-dimensional plane, the other looks like a one-dimensional (line), and if he is in a three-dimensional position then the other looks two-dimensional.


このことは、対象をある次元のものとして認識するとき自分は一つ上の次元に存在していることを意味しています。
This means that when we recognize an object as some dimension, it means that we are seeing it from one upper dimension.


そして僕たちはこの世界を通常三次元であると認識しています。
So we recognize this world as three dimensional usually.


つまり僕たちについては、四次元存在が三次元を認識そして体験しているという描写が本来は正しいのです。
That is to say, the depiction about us that the four-dimensional existence are recognizing and experiencing three dimensions is essentially right.


つづく
To be continued


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by tenpapa2013 | 2017-02-24 11:21 | 精神世界

Twitterまとめ『オリジナリティ』   

奴隷は長くつながれていると互いに鎖の自慢を始めるそうです。僕たちもそうですね。学校や会社、収入などを競い合いそこに優劣を見出だして満足しています。この足枷を外した所には魂が震える程の素晴らしい世界が待っているのですがそこに足を踏み入れる勇気を持ち合わせている人はなかなかいません。

ほとんどの人が自分の評価を相対的なものとして捉えています。SMAPの歌にもあるように人は皆オリジナルであり、相対的な評価などというものは存在しないのが正しいのですが、僕たちに施された洗脳は思いの外強力で他人と比べての評価をあたかも人間としてのそれと思い込む事が当然となっています。

日本人は全てを東京本社に伺い立てるというジョークがありますが、これは他者からの評価及び相対的評価を求めた先の末路であり現実においてもこれに近いマインドが形成されているという笑えない事実でもあります。実際本人の事は本人にしかわかりません。そこに他者を絡める事は全くのナンセンスです。

他者と比べての評価、他者からの評価に一喜一憂する人はオリジナリティという人にとって最も大事な資質をその都度削り取っています。そしてオリジナリティの崩壊は深刻な精神の崩壊へとつながります。一度崩壊した精神は心の繋がりが失われた現代社会において戻す事は容易ではありません。

もしこの先アホになりたくないのなら、自分の評価に他者を絡める行為はもうやめる事です。評価は自分のオリジナリティについて自分がするもので他者は自分の評価には全く関係がありません。それらの呪縛から逃れ、他者という足枷をついに外す事ができた時、僕たちは真の自由へと向かうようになります。

自分のオリジナリティを無視して他者と同一化する事ほど危険な事はありません。オリジナリティを育てる最も簡単な方法は、嫌な事は嫌とはっきり認める事です。いい事はいいと素直に認める事です。他者に関係なく自分の想いをそのままに認める事でオリジナリティは回復します。他者の登場はその後です。

報道されるニュースとは裏腹にこれから世の中はどんどん楽になっていきます。足枷が外され鎖が解かれたなら素直に牢屋は出るべきです。鎖を自慢していた人は少々バツが悪いと思いますが主人がいないのだから牢屋は出るしかありません。外の空気を一旦吸ったら牢に戻りたいとは誰も思わないはずです。

外には自分を縛り付ける他者はもういません。その自由さはオリジナリティを失った人たちには少々試練かも知れません。それでも今まで味わった事のない解放感はオリジナリティを他者に任せてきた人にすらも自由の息吹を感じさせます。そして地球に立つ全ての人が愛と共に生きるようになります。Love
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by tenpapa2013 | 2013-12-17 02:31 | 精神世界

Twitterまとめ『今何をすればいいか』   

今何をすればいいか悩んでいる方へ。まずは嫌な事をやめる事です。やめた後どうなるか心配でドキドキが止まなくなったら、できる範囲でワクワクする事をやり続ける事です。気持ちが正常に戻れば必ず解決策が見えてきます。嫌な事をやっている時のマインドでは予想もつかなかった発想が必ず浮かびます。

人間は波動です。まずは自分の波動を押さえ付けているものから解放する事。そして前の波動にとらわれないように何かワクワクする事をし続けます。ワクワクする事がなかったら心の落ち着く事でも大丈夫。自由さを感じ始めたらしめたものです。突拍子がなかろうがその方向へ進んで下さい。Love
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by tenpapa2013 | 2013-12-17 02:28 | 精神世界

Twitterまとめ 『五次元』   

次元について説明をします。僕たちは、線が一次元、面が二次元そして立体が三次元と習いました。一次元である線に直交つまり90度に交わるように線を引くと十字架のような形つまり面が生まれます。二次元である面に直交するように線を引くと前後左右上下に方向を持つ立体が生まれます。

このように、ある存在が直交方向に広がりを見せるつまり自由度を持つ事を「次元が上がる」と言います。それでは四次元とはどのような描写になるのでしょうか。三次元までの展開に例えれば、四次元とは三次元である立体に直交する方向に自由度が広がった世界であると言えます。

立体に対して直交とは、栗のいがやウニのとげのように立体の中心から360度方向に向かう広がりと、立体の中心に向けての360度方向からの収縮がその描写として最も適切と思われます。そして物体が自由に大きさを変える世界というのは、もはや物質の次元ではありません。

これは想念つまりイメージの世界です。四次元とはイメージの世界の事です。ドラえもんはイメージである四次元を物質化するとどうなるかを描いた作品です。次元は、三次元までは物質次元として展開しますが、四次元からは非物質次元として広がりを見せていく事になります。

では五次元とはどのような描写になるのでしょうか。これまでの考え方でいくなら、五次元とは四次元世界が直交方向に自由度を持った世界という事になります。しかし四次元は既に非物質の空間であり、分度器で計るような直角をそこに当てはめる事はできません。

物体を90度づつ動かすと4回で一回転するように、直交方向に自由度を広げる事は回転運動を行っていると考える事ができます。では、四次元世界を回転運動させるとはどのような描写になるのでしょう。まずイメージの世界は無限であると同時に二元性の残る世界でもある事に留意したいと思います。

ドラえもんはビッグライトとスモールライトで物体の大きさを自由に変えますが、大小という二元性を越えるまでには至っていません。タイムマシンで自由に時を行き来しますが、過去と未来という概念はまだ存在しています。どこでもドアがあっても「ここ」と「あそこ」はまだ存在しています。

もし四次元世界に直交方向への自由度つまり回転運動を加えるなら、これらの二元性がひっくり返った世界、もっと言うならひっくり返ってどちらがどちらでも構わなくなった世界というのが、その描写として適切でないかと思われます。このようにして二元性が統一された世界の事を五次元と言います。

五次元には空間はただ一つのものとして存在しますが、時間は存在しません。二元性が存在しないためそこにあるのは全て「わたし」だという事になります。この描写を助けるのには、幼い子供の力を借りるのが良いかと思います。恐らく彼らはついこないだまで五次元に存在していました。

そのためか彼らは五次元時代の名残をよくその所作に表します。まず彼らは何でも同時に欲しがります。そして待つ事ができません。五次元では全てが同時に存在していました。三次元ではそこに辿り着くために「順番」という概念を要しますが、五次元に順番はありません。ただあれと思うだけです。

幼い子供は二元性を超越しています。そんな彼らに僕たちは二元性つまり三次元の流儀を無理やり教え込もうとしますが、本来は高次元存在である彼らに低い次元の事を学んで頂こうとする態度が正しいのです。そのような態度で接すれば、ほとんどの場合子供はそれ以上の無理は言いません。

子供たちも、この三次元にいる以上少しは三次元の流儀に触れてもよいと思って来ているはずです。今しばらくは三次元の流儀に付き合ってくれという態度で臨むなら、五次元を貫こうとする彼らから受けるストレスは大きく軽減されるでしょう。

幼い子供たちだけでなく、僕たちの全員が五次元世界の住民です。その僕たちが何かの理由を持ってこの三次元世界を訪れています。訪れた理由は人それぞれですが、皆が今もここに生きる理由は「今この時、五次元に帰還するイベントに参加する」という事でしょう。それ以外の理由は考えられません。

多くの友人たちがそれを伝えてきました。その数はこれから爆発的に増えるでしょう。彼らがそして僕たちが伝えるのは、愛以外のものにサヨナラをするという事です。僕たちはまもなく五次元の存在になります。五次元には愛以外のものは持っていく事ができません。愛がなければそこには入れないのです。

どうか皆さん、愛に生きて下さい。もう三次元的なものに重きを置かないで下さい。再度言いますが、僕たちはみな五次元という同じ故郷からやってきました。皆さんがそれを忘れているのは、あまりにも強くこの三次元に捕らわれたからです。皆さんをここ三次元に閉じ込める勢力が存在していたからです。

その勢力が崩壊を始めています。まもなく誰もがその認識を一にします。そうなった時はこの言葉を思い出して下さい。「愛を選ぶ」。これがラストチャンスです。ここで三次元を選んだらもう二度と会う事はできません。ここだけは三次元を諦めて素直に愛に向かって下さい。さあいよいよですよ。Love
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by tenpapa2013 | 2013-11-29 03:21 | 精神世界