カテゴリ:世界平和( 36 )   

僕はなぜムスリムになったか その13   

なぜ信仰は必要か


ムスリムとなり無事に帰国した僕たちは、岐阜市内にあるモスクの近くに居を構え、ここでムスリムとして生活しています。

ムスリムとしてというのは、コーランに記されている信者としての義務を守るということで、それには豚肉やお酒を口にしない、毎日五回のお祈りを欠かさずに行うなどのものがあります。

僕は、基本的にはこれらの義務を守りたいと思っていますが、でも守れない時もあります。

こないだも、友人が腕によりをかけて作ってくれたハンバーグを美味しく頂きました。

久しぶりに友人に会って、ついビールの一、二杯を口にしてしまったこともあります。

お祈りのタイミングを逃してしまうことももちろんあります。

これらのことを罪と考えるムスリムの方もいますが、僕はそうは考えません。

ムスリムがこれらの義務をこなそうとする理由はただ一つ、天国に行くためです。

要は、どのような過程を経ようと、最終的に天国に入れればいいのです。

自分は天国に行けるとの自信さえ失わなければよいのです。


みなさんは、自分が天国に行けると思いますか?

そう思えない人は、一体何が理由でそう思えないのでしょう。

先にも述べましたが、アッラー(神)とは最も慈悲深く慈愛溢れる万能のお方です。

全てのムスリムつまり地球人口の4分の1はそう信じています。

万能ということは、どんなに罪に思えることにもwinwinの視点を提供できるということです。

どんなこともwinwinにできる力と知性を持ち、その上最も慈悲深いというのだから、そのような存在から地獄に落とされる方が逆に難しいでしょう。

いや、もしかすると万能で慈悲深い方だからこそ、こちらの望みは何でも-例えそれが地獄に落としてくれという望みであっても-叶えて下さろうとするのかもしれません。


世界は今、ついに地上の天国を実現するその始まりにいると、僕は信じています。

それを信じる人には信じられるだけの何かを、信じられない人にはそれが信じがたく思われる何かを神は用意してくれます。

これは、どちらかが正しくどちらかが間違いということは決してありません。

人それぞれに気付きのペースというものがあり、そのペースに沿って気付くことが一番自分らしさを発揮することになります。

宗教はともかく、信仰はみなが持つべきだと僕は考えます。

信仰とは、自分の心に優先して何かを信じることです。

信仰がないと、人は自分の心に振り回されてしまいます。

科学や学歴などを信仰する人がいますが、どうせ信仰をするなら未来永劫裏切られることのない存在を信仰した方がよいでしょう。

大事なのは、神の前で「私は天国に行きたい」と素直に言える自分で常にあることです。


最初の飛行機に乗り遅れた時、多くの方がそれを気の毒がってくれました。

僕たちも、やっと日本へ帰れると思っていたのに、マレーシアでまた一文無しになった訳ですから、その時は相当なショックを受けました。

しかし、そのおかげで僕たちはムスリムになれたのです。

そう考えると、あのショッキングな出来事こそは、実はアッラーからの最高のプレゼントであったと思わざるを得ません。

このように、起きたことの全てを神からのギフトであると受け取ることをインシャ・アッラーと言います。

そして、常にインシャ・アッラーの心で生きることこそ、ムスリムの目指すところであります。


インシャ・アッラー これは全ては神の思し召しであると信じる家族の物語です。




この地上で出会った全ての人たちと天国で再会できますように




皆さんを愛しています



小林 伸久
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by tenpapa2013 | 2014-11-11 00:44 | 世界平和

僕はなぜムスリムになったか その12   

ムスリムになる


そして出国の日、僕たちはなんと飛行機を乗り過ごすことになります。

搭乗券に書いてある時間を読み間違えたことが原因でした。

何とか搭乗しようと、あらゆる方法を試みますがどうにもならず、結局前日に泊まった空港近くのコタワリサンという街に戻ってきました。

前日泊まったホテルのロビーに荷物を置かせてもらい、それからモスクを訪ねて、とりあえず今日一日モスクに泊めてもらえるようお願いをすることにしました。

モスクにいた数人に、今まで何をしていたのか、そしてなぜ飛行機を乗り過ごしたのかを説明しました。

すると彼らは相談したのち、お金は彼らが支払うので昨日まで泊まっていたホテルにそのまま泊まりなさい、と言ってくれました。

それから毎日、ランカウイの時と同じように誰かがご飯を届けてくれました。

それだけでなく、切れてしまったビサの延長の手続きなども全部彼らが手配してくれました。

その上、みんなで出し合ったお金で僕たちの航空券を用意してくれるとなった時、僕はアリちゃんに言いました。

「アリちゃん、僕もムスリムになりたくなったよ。助けてくれたみんなと同じ仲間になりたくなったよ。」

するとアリちゃんは、

「いいんじゃないですか」

とにっこり笑って言ってくれました。

そして、モスクのメンバーの方にムスリムになりたい旨を伝えました。

ムスリムになるには、二つの条件があります。

一つは、神はアッラーしかいないと認めること、もう一つはムハンマド(日本ではマホメットと呼ばれています)は預言者であると認めることです。

アッラーというのはアラビア語で神のことであり、聖書に登場する創造主のことです。

創造主が一人しかいないのは当然のことなので、この点は問題ありません。

また、ムハンマドが受けた啓示をまとめたものがコーランです。

啓示を受けるとは神の言葉を預かることですから、この点も問題ありません。

ムスリムになるのに、僕には何かを無理に信じ込む必要はありませんでした。

そうして、僕たちはシャハーダと呼ばれる信仰告白を行い、ムスリムとなりました。
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by tenpapa2013 | 2014-11-09 22:42 | 世界平和

僕はなぜムスリムになったか その11   

帰国にむけて


マレーシアという国は、観光ビサでの滞在は六ヶ月が限度と決められています。

村の人たちにお世話になりながら、毎日楽しく過ごしていた僕たちでしたが、いよいよ島を離れる時が近付いてきました。

村の人にお世話になり始めてからは、新しい世が始まるとの朗報を伝える機会があまりありませんでした。

ただ、一人の友人だけが熱心にそれを聞いてくれました。

ある日、彼の誘いで村の結婚式を訪れた僕は、そこで出会ったイスラム教の先生に、抱いていた疑問をぶつけました。

なぜ、みんなはイスラム教徒なのに最後の審判が始まるとの話に興味を持たないのか。

アッラーに会えば全ての問題は解決するのに、なんでアッラーに会いたいと願わないのか。

先生は、最初は不思議そうな顔をしていましたが、ついに僕が何を言いたいのかがわかったようです。

そして彼は、「私もアッラーに会いたい」と言って、泣きながら僕を抱きしめてくれました。

マレーシアに来て初めてアッラーに会いたいと言った人に出会った瞬間でした。

その数日後、僕たちはクアラルンプール行きの飛行機に乗って島を離れました。

帰りの飛行機代は、日本へ帰る分も含め、島で知り合ったムスリムの友人が全部立て替えてくれました。

出国までにかかる費用も、ムスリムの裕福な方が寄付をしてくれました。
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by tenpapa2013 | 2014-11-09 22:40 | 世界平和

僕はなぜムスリムになったか その10   

お金がなくなる


マレーシアに着いた僕たちは、すぐにプルフンティアン島という島に向かいました。

まずは南の島のきれいな海をアリちゃんと子供たちに見せたかったからです。

結局この島に僕たちは一ヶ月ほど滞在するのですが、ここで僕は大きな誤算をしてしまいます。

離島のリゾート地であるこの島はマレーシアのどの地域よりも物価が高く、持っていたお金の半分をここで使ってしまったのです。

まわりを怪訝にさせながら旅立った僕たちなので、日本からの助けはほとんど期待できません。

シーズンの終了と共に島を出て、それから慌てて節約を心がけたのですが、それでも二ヶ月もたたない内に持っていた全財産を使い果たしてしまいました。

僕は行く先々で出会った人たちみんなに、ついに世界が解放されたという朗報を伝えていました。

これは、平和を望んでいる人や絶望を感じている人たちにとってはこの上ない希望のはずで、特にイスラム教国のマレーシアなら多くの方がこの知らせに喜んでくれると想定していたのですが、実際にこの話を信じてくれる人はほとんどいませんでした。

最後にたどり着いたランカウイ島というところでも、自作のDVDを配るなどして朗報の流布に努めましたが、全く相手にしてもらえませんでした。

僕は、ムスリム(イスラム教徒)でありながら神に出会う日を渇望しない、もっと言えばそれを避けているようにすら見える現地の人たちに少々腹を立てていました。

しかし、ついに食べるお金もなくなった時、僕は彼らの慈悲にすがる決心をしました。


その日は金曜日で、モスクでは丁度金曜の礼拝が終わったところでした。

礼拝を終えて出てきたムスリムの方に、家族に食べ物を恵んでもらえないかとお願いすると、彼は、これで何か食べなさいと言って、家族みんなが食事をできるだけのお金を手に握らせてくれました。

そのお金を持って近くのレストランへ行き、みんなで食事をしていると、別のムスリムの方がやってきて、やはり何も言わずに手にお金を握らせてくれました。

それから次々とムスリムの方がやってきて、みなが笑顔でお金を手に握らせてくれました。

今日泊まるところはあるのかと聞かれたのでないと答えると、その日は友達になったムスリムの方が家に泊めて下さることになりました。

そこで三日お世話になったあと、その友人が探してくれた空き家に住むことになりました。

そこは村にある古い空き家でしたが、彼は、僕たちが入る前に壁を塗り替え、カーテンもつけておいてくれました。

家賃はお金ができてからでいいと言い、当座必要なお金と食料も用意してくれました。

そうして僕たちは、この空き家で生活を始めることになるのですが、なんと驚くことに、それから四ヶ月間村の誰かが毎日ご飯を届けて下さったのです。

食べ物だけではありません。

当時、アリちゃんは臨月を迎えていましたが、彼女の病院への送り迎えも村の人たちがやってくれました。

毎日誰かが様子を見に来て、必要なものがあると届けてくれます。

その後アリちゃんは無事に出産し、赤ちゃんを迎えて家族六人での生活が始まりました。

僕たちは全くお金を持っていませんでしたが、困ることはほとんどありませんでした。

逆にお金がなくなったおかげで、人の優しさや親切というものにまざまざと触れることができました。

今の世界には心配が蔓延しています。

このような状況では、なかなか親切というものに触れることができません。

しかしムスリムの方は違いました。

彼らは、それが彼らの喜びでもあるかのように、僕たちの面倒をよく見てくれました。

今のような時代にあって、人間には親切という素晴らしい資質があることを子供たちが知ることができたことは、この旅の最も大きな成果の一つであると思っています。
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by tenpapa2013 | 2014-11-09 22:38 | 世界平和

僕はなぜムスリムになったか その9   

マレーシア行き


旅の行き先は、いろいろと検討した結果マレーシアへ行くことになりました。

イスラム教を国教とするマレーシアなら、最後の審判の話にも耳を傾けてくれる人がいるだろうと考えたからです。

アパートは、8月一杯で出て行く約束になっていました。

荷物は、一人につきリュックサック一個にまとめ、残りの家財は全て処分しましました。

8月も終わりに近付いた時、あるニュースが世間を賑わせました。

それは、福島原発の4号機で燃料棒の取り出しを始めるとのニュースです。

このニュースを知った僕は、行き先を福島に変更したいとアリちゃんに伝えました。

僕は、これから公開される医療技術をもってすれば被爆は必ず治癒されると信じていたし、放射能を除去する技術が存在することを福島の方に伝えれば、燃料棒の取り出し作業についても安心してもらえると思いました。

郡上を離れた僕たちは、一路福島へと向かいました。

福島では、まず飯舘村の役場を訪ね、そのあと南相馬のビジネスホテルに宿を取りました。

村役場で一人取次を行っていた女性、そしてホテルの受付にいた二人の女性は、現実離れしているととられても仕方のない僕の話に真剣に耳を傾けて下さいました。

その通りなら本当に嬉しいですと言って下さったことは、決して忘れられません。

ただ当時の現地は、除染バブルと言ってもいいほどの状況で、翌日以降の宿はおろかアパートを見つけることすらできませんでした。

郡上を離れる際には、飯舘村の村会議員に手紙を書き、朗報を伝えに行く旨を伝えていました。

僕は、僕たちの届ける朗報に耳を傾けて下さる方がたくさんいることを想定していたのですが、現実にはほとんど相手にされることがなく、数日の滞在で福島から引き返した僕たちは、当初の予定通りマレーシアへ行く意を固めました。

そして、2013年9月22日、僕たちはマレーシアの地に降り立ちます。
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by tenpapa2013 | 2014-11-09 22:33 | 世界平和

僕はなぜムスリムになったか その8   

最後の審判


ユダヤ教、キリスト教そしてイスラム教は、世の終わりに悪魔が滅びると伝えています。

その後人は、地上の天国で神と共に暮らすと言われており、この終末における一連の出来事を最後の審判と呼びます。

僕は、利己的な人たちの力が弱まり、それに代わって人を本当に幸せにする技術が続々と公開され始めた現在の状況を見て、最後の審判と呼ばれるものが始まったのではないかと直感しました。

最後の審判と聞くと、人は恐れるかも知れませんがそんな必要は全くありません。

最後の審判とは、人間が神に出会うイベントです。

そしてどの宗教も、主なる神は最も慈悲深く慈愛溢れる方だと伝えます。

万能な上に、最も慈悲深く慈愛に溢れる方に出会うのだから、これほどの喜びはありません。

僕とアリちゃんは、これまで決して聞くことはなかったであろう良い知らせを聞くたびに、神の世が近付いたとの喜びに涙しました。

そんな矢先に、僕たちは住んでいたアパートを出ていかなければならないことになります。

世の変化を信じる僕たちを怪訝そうに見るまわりの人たちの目に疲れていた僕は、この機会に旅に出ることをアリちゃんに提案しました。

アリちゃんは、その提案に賛成してくれました。

夏休みの宿題に追われる長男に、もしもう一回小学三年生をやってもいいなら終わらない夏休みをプレゼントするぞと伝えると、そうするので旅に行きたいと言ってくれました。

そうして僕は、家族を連れて、最後の審判が始まっているとの認識を人に伝えるための旅に出ることを決心しました。
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by tenpapa2013 | 2014-11-09 22:31 | 世界平和

僕はなぜムスリムになったか その7   

放射能を超えて


さて、恋に導かれながらお互いに理解を深めていった僕とアリちゃんですが、互いの理解が深まり愛が育まれるにつれ、世の中の欺瞞というものが目に付くようになりました。

例えば、福島原発事故後の放射能問題についてですが、未だ多くの方が無関心でいることはどうしても理解できません。

この出来事は、それこそ世の終わりが来たと言っても決して言いすぎでないほどの大問題です。

しかし、国土に人が住めなくなるかも知れないというのに、多くの方が今もためらうことなく新しい家を買い、将来の受験のために子供を塾に通わせ、そして安心な老後のために貯蓄を続けています。

経済においても同様です。1000兆円を超えると言われる国の借金を僕たちはどう返済するのでしょう。

放射能に汚染された国土に莫大な借金、これを全く責任のない、しかも少子化により人口の少なくなった世代の子供たちにただ渡そうとしているのです。

そのようなことが許されていいわけがありません。

食料についても同様です。

僕たち日本人は、口に入れるのと同量の食料を常に廃棄しています。

食料自給率の低下が叫ばれて久しいですが、それでも僕たちは食料の廃棄を減らすことすらできません。

レストランで働いたことがある人ならみな、食料の廃棄に構っていられない現状を知っていると思います。

全ての環境破壊は、まわりより自分の利益を優先しようとする意識がもたらしています。

その他にも、最近は少し減ったようですがそれでも年間3万人近い人が自ら命を落としています。

猟奇的な事件が世を賑わせても、月が変わる頃にはまるでなかったかのように人々の記憶から抜け落ちてしまうのが現状です。

僕とアリちゃんは、このような状況から脱するにはもう神頼みしかないという結論に達しました。

それから、近所の氏神様に通い、世の平和を祈る日々が続きました。

飛騨の位山が天孫のルーツであると聞いて、何度も祈りを捧げに行きました。

世が滅んでしまわないために、思いつくことを何でもやりました。

そうして祈りを続けているうちに、僕たちにはある事がはっきりとわかってきました。

それは、「最も利己的な人たちが主導権を握ってきた」この世界に、大きな変化が起き始めているという事実です。


例えば放射能問題ですが、放射能を除去する技術というのはこの地球にいくつも存在します。

特にケッシュ財団は、その技術の設計図を既に日本政府に渡したと広報で伝えています。

フリーエネルギーと呼ばれる技術の研究も盛んに行われています。

最近では、QEG(Quantum Energy Generator)と呼ばれる発電機の制作マニュアルが無料で公開されました。

この発電機は燃料の補給なしに電気を発電し続けるというもので、試作品を完成させたチームからの報告が世界中のあちこちから上がってきています。

医療に関しても、コストが掛からず安全でしかも効果の高い治癒方法が、次々と発表されています。

これらの技術は、少し前までは決して人に知らされることはありませんでした。

それは、先に述べた利己的な人たちが、自分の利益を守るためにこれらの技術の公開を妨害していたからです。

しかし今、このような本当に人のために役立つ技術が、ありとあらゆる分野において堰を切ったように発表され始めています。

同時に、利己的であった人たちの正体もいろいろな場面で明かされ始めています。
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by tenpapa2013 | 2014-11-09 22:28 | 世界平和

僕はなぜムスリムになったか その6   

アリちゃんとの出会い


先に述べましたが、マレーシアから帰国してすぐ僕はある女性と三回目の結婚をしました。

この女性との間には息子が一人産まれるのですが、彼女は違法薬物の依存性を患っており、三度目の逮捕により刑務所に行くことが確定したことをきっかけに、僕は彼女と離婚する意志を固めました。

それから少しして近所の氏神様に参ったついでにおみくじを引くと、そのおみくじには、永遠の恋の相手と近いうちに出会うだろうとのお告げが記してありました。

そのお告げが本物なのか気になった僕は、勇気を出してもう一度おみくじを引いてみることにしました。

二度目に引いたおみくじには、相手はすぐ近くにいると記してありました。


当時僕には、二人の気になる女性がいました。

一人は、近所に住む息子の友人のお母さん、もう一人はツイッターを通して知り合ったアリちゃんです。

今なら、近所に住むお母さんは僕の一方的な片思いで、当時急接近したアリちゃんこそお告げの相手だったということがわかるのですが、その時の僕は住む距離の近い彼女がその相手だと勘違いしてしまったようです。

おみくじを見て、ほんの一時期でも魂の交差したアリちゃんにせめて平安を届けたいと考えた僕は、氏神様の境内にあった白山神社の祠にお祈りに行きました。(アリちゃんは、ツイッターのプロフィールで、白山の麓に住んでいると伝えていました)

祠に向かってアリちゃんに平安を届けてほしいとお願いし、手を合わせて去ろうとした時、耳元ではっきりとした声が聞こえました。

「その人は、お前の嫁さんになる人だぞ」

最初は「えっ」と思いましたが、やがてはその言葉を信じるようになります。


先に伝えましたが、僕は自分の想いや主張をできるだけ正直にブログとして綴りそれを発信してきました。

そのブログは、内容があまりにも現世離れしているためにほとんど相手にされることがなかったのですが、アリちゃんはそのブログを何度も何度も読み返してくれていました。

そしてある日、アリちゃんから次のように言われました。

「のぶさん、私の住む郡上に来て同じことをしてもらえませんか。そうして、郡上の人たちが誇りを取り戻す助けとなって下さい。のぶさんの生活の面倒は私が全部見ますから。」

その時の僕は、アリちゃんとはメールと電話のやり取りだけでまだ顔を知りませんでした。

ただ、あのブログを見て好きになってくれた彼女なのだからこちらも大いに信頼してみようという気になりました。

そして、当時7歳だった息子に、好きな人ができたのでそこへ行って彼女と一緒に暮らす旨を伝えました。

新しい旅立ちに際し、お互いに荷物は五個だけとして、残りの荷物は全て処分してもらうよう友人に頼みました。

そうして、アリちゃんの待つ郡上八幡へと向かったのです。

2012年6月11日、アリちゃんと知り合ってから1ヶ月を過ぎた頃のことです。


それから、岐阜の郡上八幡のアパートで僕と僕の息子、そしてアリちゃんとアリちゃんの二人の息子の計五人での生活が始まりました。

子供たちはすぐに仲良くなり、またアリちゃんにはお父さんが亡くなった時に遺して下さったお金があったので金銭的に困ることはなかったのですが、暮らし始めた当初僕との考え方の違いに彼女は相当悩まされたようです。

例えば、死を意識して生きてこそ生が輝くという認識についてです。

一見かっこよく聞こえる話ではありますが、男性がそんな考えでいると、女性は実際にはとても面倒なことになります。

まず、どう甘えていいのかわからなくなります。そのために、女性らしさをどのように発揮していいかがわからなくなります。

アリちゃんは、ブログを通して僕がそのような考えを持つ者だということはわかっていました。

ただ実際にパートナーとして接してみると、どうしても「いい加減にして」となるようなシーンが起きてしまうようです。

今アリちゃんは、この頃のことを笑って振り返ることができます。

この頃のことを思い出すと、アリちゃんは「恋が勝った」といいます。

既存の概念と照らし合わせるなら、彼女にとっては気が狂わんばかりの道理の反転であったはずなのですが、でもアリちゃんはこれを恋で乗り越えました。

恋には全てを可能にする力がある、そのことを彼女との関係から僕は強く学んでいます。
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by tenpapa2013 | 2014-11-09 17:35 | 世界平和

僕はなぜムスリムになったか その5   

戦争があるうちは、何を築いても無駄だということに気づく


敗者をいたわらない競争は、競争ではなく戦争です。

そして戦争とは命や財産を奪い合う行為です。

世界中のどこにも、命や財産を奪われて喜ぶ人はいないはずなのに、世界に目を向ければ武力を使った戦争が今も実際に起きています。

もしリストラや受験の失敗が自殺の大きな原因の一つであるとするなら、武力にはよらなくても僕たちは企業間や受験などにおいて戦争を行っています。

世の中に戦争があるうちは、何を築いても無駄になってしまう可能性があるという事実を僕たちは忘れるべきではありません。

どんなに良い学校を出ても、死んでしまったら終わりです。

どんな大きな家を建てても、どんなにいい車を手に入れても、戦争が始まればそのようなものはあきらめなくてはなりません。

何かを築こうとするなら、まず戦争をなくすことから始めなくてはならない。

そのためには、まず身の回りにある争いから足を洗うことが必要です。

このことに気付いてから僕は、出会う人みんなに争いをやめる事の重要性を訴えてきました。

ブログやSNSなどを使って、ネット上にも想いを発信してきました。

しかし現在の世の中では、争いの否定は社会のあり方そのものの否定と受け取られかねません。

そのためか、僕の発信する想いや情報に賛同して下さる方は、決して多くはありませんでした。

そのような中で、今のお嫁さんであるアリちゃんが、それに強く賛同してくれたのです。
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by tenpapa2013 | 2014-11-09 17:29 | 世界平和

僕はなぜムスリムになったか その4   

タクシーという仕事から学んだこと


マレーシアで共に暮らしていた当時の妻と離婚して単身で日本に帰国した僕は、友人を介して知り合った女性と三度目の結婚をし、その後東京でタクシーの運転手を始めました。

好きな場所で好きなように営業ができるこの仕事は、自由を好む僕にとってまさに天職と呼べるものでした。

僕は東京の最大手のタクシー会社に就職しましたが、そこで待っていたのは理想と現実の大きなギャップでした。

研修で「タクシー事業は公共の福祉の増進を目的とする」と教わった僕は、その理念の素晴らしさに興奮が止まらぬほどだったので、配属された現場で「研修で教わった事は忘れてまず稼いでこい」と言われた時には本当にがっかりしました。

あまりの憤りに「話が全く違うじゃないか」と研修センターに文句を言いに行ったところ、僕の顔を見たセンターの方が「ばれちゃった?」とすまなそうに言いました。

話によれば、当時は会社の経営が危い時期で、現場に理念を浸透させるのは難しいとの事でした。

結局この会社は二ヶ月で退社し、その後理想の会社を求めていくつものタクシー会社を渡り歩くこととなりました。

僕の抱いた理想とは、まずお客さんのために働く、そうすれば稼ぎは必要なだけついてくるというものです。

しかし、どの会社もまず売上が大事だという姿勢に変わりありませんでした。

そしてついに僕は理想の会社を見つけるのですが、その会社はおそらく人が良すぎたために経営が成り立たず、しばらくした後に廃業になりました。

この一連の経験から感じたのは、どうして世の中の人はお金のためだけに働こうとするのかという疑問です。

そして、自らの業績を上げるためなら同業他社を蹴落としてもまるで構わないという、無関心ぶりに対する不信感です。

働くという字は、にんべんに動くと書きます。

これは人のために動くという意味であり、金を稼ぐという意味ではありません。

誰か助けを必要とする人のために動き、そのお礼として報酬を頂く、これなら誰も困る人はいません。

しかし、今の世に生きるほとんどの人はお金のために働いている。

景気が上向きの時は誰も気にかけませんが、景気が後退しお客の数が減ってくると、お金のために働く人たちはお客の奪い合いを必ず始めます。

こうなると、同業他社の事など誰も構ってはいられなくなります。

蹴落とされた会社の従業員にももちろん家族がいて同じように生活をしているのに、その行方など誰も気を留めない。

それどころか、自分の生活のレベルを上げたい、ただそれだけの理由のために人の生活の糧を奪い、しかもそれを当たり前のこととして全く意に介さない人すらいる。

社会に属する多くの人が、このような疑問を全く持っていないと知った時、戦慄が走ったのを僕は覚えています。

もし健全に業績を上げたければ業界そのものの進化を考えれば良いのです。

しかし、このような単純な発想が常識とならないところに、社会の抱える深い歪みを感じました。
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by tenpapa2013 | 2014-11-09 17:27 | 世界平和