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Twitterまとめ『争いと社会』   

戦争が起きたら全て無茶苦茶になるのだから、まずは平和が大事。この誰もが納得しそうな考えを本気で貫くと、生きる事が本当に難しくなります。受験戦争に企業間の戦争、 武力を行使する戦争以外にも世には戦争が溢れています。人の戦争に異を唱えても、自分の戦争をやめられる人はなかなかいません。

どうして戦争をやめられないのか、それはやめると何かを失うと信じているからですね。まず戦争自体が勝つ事を目的としています。そのために数々の投資を行った以上、何も回収せずに手を退くのは損であると判断するからでしょうが、実際争いから降りる姿を世に見せる事ほど価値のある事はありません。

争いは、勝者のみが利益を得る行為です。現在の世の中は当たり前のように争いが肯定されているため、誰もそれに意義を唱えませんが、蹴落とした弱者や敗者の行方に何の関心も持たない精神性は、はっきり言って人間のそれではありません。これは共存や思いやりといった人間性に背を向ける獣の態度です。

年間三万人の自殺者、世界有数のホームレス大国、争いに勝って満悦としている僕たちの脇で、敗者はその存在をしっかりとデータに残します。これらのデータに胸を痛める事なく自分の勝利に邁進する者は、その文明的な様相とは裏腹に意識の進化という人生の真の目的において致命的な敗北を負っています。

戦争は全てを破壊します。つまり戦争がなくなるまでは、何も本当に得る事はできないのです。例えば、安全が保障された一万円と安全が保障されていない十億円のどちらを選びますか?十億円の方は手にした途端に殺されるので、今死にたい人以外その選択はありません。安全でないとはそういう意味です。

戦争がなくならないという事は、何を築いても意味がないという事です。しかし僕たちはせっかく放棄してきた戦争を肯定化しようとする政府の元にありながら、10年20年後も変わらぬ現実を迎える事ができると本気で信じ、その幻想を将来の希望である子供たちに押し付けるという愚まで犯しています。

いい加減目を覚ましませんか?社会がそうだからと言って、一緒になって争いを肯定するような真似はもうやめにしませんか?確かに争いの否定は社会に生きる事を難しくします。しかし、争いを否定する事で生きる事が難しくなる社会など、本来こちらから愛想を尽かすべきものではないのですか?

敗者や弱者をいたわるより、社会の一員である方が大事だという考えは、日本社会特有の病であると僕は思います。これは一人の人としてある事より社会人である事の方が大事だと言っているのと同じです。日本人は何でも東京本社に伺い立てるというジョークがありますが、まさにそのマインドの事です。

争いが良くない事位幼稚園児でも知っています。心を失った大人だけが、そんな事をいちいち会社に尋ねるのです。彼らが社会に従う理由は社会を愛しているからではありません。社会に価値を認めてそれを優先するのではなく、社会からはじかれる事を怖れてそうするのです。結局は自分の利益のためです。

受験戦争は一部のクイズ好きが遊びでやればいいのではないですか?将来の役に立たないような事柄で、何で多感期の人生を激しく揺さぶられなければならないのですか?企業間の戦争も同じです。同じ業種に励む仲間たちをどうして蹴落とそうなどという気になれるのですか?彼らにも家族がいるのですよ。

みんなもっと仲良くしましょうよ。簡単に争うのはもうやめましょう。競争ならいいだろうという人がいますが、だったら助け合った方がもっといいでしょう。人はそれぞれがパズルのピースなのです。ピースがあるべき所にはまり作品が完成される事を喜ぶ社会にこそ、僕たちは従うべきではないでしょうか。

Love
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by tenpapa2013 | 2014-03-05 04:20 | 世界平和