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根上さんとのセッション 最終章   

 当時の僕にはお気に入りの子がいた。

 れいこちゃんというニューハーフの子だ。

 ニューハーフと言っても馬鹿にはできない。僕なんか二度も女だと騙された。(一度ならわかるが二度というのは相当なものだ。僕がよほどのアホか、彼女がそのぐらいのかわい子ちゃんだということだ。)

 ニューハーフというのは、僕たちにはわからない悩みを抱えている。

 それはおそらく命ぐらい張らないと理解できない悩みで、僕は彼女のために命を張るつもりではいたが、もし僕に何かあったときのために代わりに命を張れる男として根上さんの連絡先を彼女に教えていた。

 僕はれいこちゃんを好きだったが、根上さんになら(彼女のためにも)彼女を渡してもいい、そう思っていた。

 僕は中野区役所でのデモンストレーションを終えて自宅へ帰ってきていた。

 自宅でくつろいでいると、知らない番号から電話が入った。

 「はい、もしもし」

 「小林先生ですか?」

 根上さんの声だ。また根上さんふざけているな、と思った。

 「こんにちは。のぶです。根上さんどうしちゃったんですか?突然いなくなって心配しましたよ。」

 「小林先生、実はですね、今警察にいて、いや、知人の家の窓ガラスを割ったら猫が逃げてしまって、それで...」

 「知人って?」

 「いや、それがその、昔から知り合いの女性で...」

 ははぁ、わかった。根上さん、何かやらかして彼女を怒らせて淋しいんだな。そう直感した僕はこう答えた。

 「根上さん、僕も根上さんにお話したいことがあったんですよ。実は、僕の友達にれいこちゃんってかわいい子がいて、その子と根上さんと仲良くなったらいいかな、なんて思ってたとこなんですよ。」

 「いや、だから、その知人のね、、」

 「根上さん、大丈夫。僕がちゃんと彼女のこと紹介しますからそんなに淋しがらないで...」

 「お前わかってない!」

 そう言ってガチャンと電話を切られた。

 これは後日わかったことだが、根上さんはそのとき本当に警察に捕まっていたらしい。

 知人の家の窓ガラスを割ったことが原因だが、根上さんのことをよく知る知人もいつもならそのぐらいのことで通報したりしないのだが、このときは割れた窓から飼っていた猫が逃げてしまったため、キレて警察に通報してしまった。

 その根上さんを捕まえた警察署というのが、根上さんにとってはあまり捕まり慣れていないところで、苦戦した根上さんは僕が弁護士だということで芝居を打とうして、先の電話をしてきたわけだ。

 そんなことをつゆも知らない僕は、全く検討違いの応対をしたわけだが、おかげで変なことに巻き込まれずに済んだ。

 そして、それから10年以上たつが、あのとき以来根上さんとは全く話をしていない。

 これでいいのだ。



《追記》2014年10月12日、根上さんは癌のため亡くなりました。
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by tenpapa2013 | 2015-11-09 18:07 | 根上 隆

根上さんとのセッション その10   

 翌日、12時を過ぎても電話は鳴らなかった。

 彼らに電話する意志がないことを確認した僕は、そのまま池袋の東急ハンズへ向かった。

 ジョークグッズコーナーで偽の傷を作るグッズと血糊インクを、そのあと薬局で包帯を買い、中野へと向かった。

 中野の駅前で、女子高生たちを呼び止めて聞いた。

 「ちょっとお願いがあるんだけど」

 「なんでしょう?」

 「これを使っておじさんに怪我人のメイクをしてほしいんだ。やってくれたら少し払うよ。」

 「やだーこわーい」

 道行く人何人かに聞いたが全て断られた。

 (これはどっかの店でやってもらうしかないな..)

 とりあえず、駅前の美容室に入って聞いた。

 「すみません。このグッズを使って僕に怪我人のメイクをしてほしいのですが..」

 その美容師さん(たぶん店長)は、最初は不思議そうな顔をしていたが、メイクをして区役所へ行きたいこととその理由について若干の説明をすると「やりましょう」と引き受けてくれた。

 とても熱心に、おそらく30分ぐらいかけてやってくれたと思う。

 店長さんが、僕の持ってきた傷ペースト、血糊インク、そして包帯を使って施してくれたメイクは、完全に大怪我を負った者の顔になっていた。

 「こんなもんでどうですか?」

 「バッチリです。ありがとうございます。いくら払えばよろしいですか?」

 「うーん、こんなことやったことないから..2000円ぐらいでどうですか?」

 「全く問題ないです。ありがとうございます。」

 「何か知らないけどがんばってください。」

 そう励まされた僕は、お金を払って店をあとにした。

 中野区役所に着いた。

 昨日話しかけた人の名前は、名札を見て全て控えてある。

 まずは9階の選挙管理事務所に向かった。

 「...○○さん、いらっしゃいますか..」

 ○○さんが出てきて、ぎょっとした顔で僕を見た。

 何かを言いかけた彼の言葉をさえぎり僕が言った。

 「...どうして電話くれなかったんですか?」

 「ど、どうしてって、だから無理だって言ったでしょう!それよりどうしたんですか、その怪我は?」

 「いいんです...」

 そう言ってトボトボと選管をあとにした。

 この作業を、前日話しかけた全員に対してやった。

 メイクの出来があまりにもよかったからか、会ったほぼ全員が絶句した。

 中には、本当に心配してくれた職員さんもいたかもしれない。

 根上さんに対しての恐怖感を必要以上に植え付けてしまった感も咎めない。

 その手法が合っていたかどうかははなはだ疑問だが、ただ僕は区役所のみんなに「びっくり」をしてほしかった。

 「根上さんはどうせ落ちるから大丈夫」ではなく、根上さんが区長になったときに起こりうる激変に対し、少しでも動揺をしてほしかった。

 それが、彼の立候補をやめさせる僕にできる最大限の行為だった。

 中野区役所を出て、さあどうしようかと考えた。

 訳のわからぬ注文に、美容師さんが真摯に応えてくれたせっかくのメイクだ。金もかかっているし、このまま落とすにはもったいない。

 僕はそのメイクのまま、しばらくうろうろしてみることにした。

 新宿に出て、帰宅ラッシュの山手線に乗った。

 みな僕のまわりに近寄ろうとしない。

 ただ近くにいた子供だけが、「おじさん、傷がとれてるよ」と言った。

 「えっほんとか!?」

 そう言って、手探りで傷を直した。

 それでも、他の乗客には全く変化はなかった。

 その後、メイクを見せに友達の家を何軒かまわったのち、根上さんの家へ行った。

 「どうしたの、それ!?」と聞くSさん。

 「何でもないです。洗面所借りますね。」

 そう言ってメイクを落とし、今日の行動の報告書を書いた。

 「Sさん、立候補の届出はやめましょう。」

 「ほんと?大丈夫?なんか心配よ。」

 「大丈夫です。」

 そうして、根上さん不在の彼の家に一晩泊まったあと自宅へ戻った。

(つづく)
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by tenpapa2013 | 2015-11-09 18:06 | 根上 隆

根上さんとのセッション その9   

 区役所へ向かいながら、どうすれば役所の人に事の意味を伝えられるかを考えた。

 根上さんは、いざとなったら(ある意味普段でもだが)ヤクザ、警察、国会議員、何でもこいの人だ。

 それだけパワフルな人がもし区長になったら...

 サボりがちな職員さんは問題ない。ただ仕事をやるしかなくなるだけのことだ。

 問題は、ズルをしていたり嘘や隠し事のある人たちだ。

 根上さんの前で、嘘や隠し事は100%通用しない。

 やったことを正直に改めることのできる人はいいが、もしそれができず姑息に手を打とうなどと考えた時は、僕が体験したような恐怖を体験することになる。

 場合によっては、自殺者が出るかもしれない。

 「自殺者...そうか、この線で行こう。」

 区役所へ着いて、前回の根上さんと同じようにまず9階の選挙管理事務所へ向かった。

 応対してくれた職員さんにまず、今度区長選に立候補する根上の秘書だと伝え次のように話した。

 「私はインターネットの扱いに多少の知識があるので、ネットを駆使して根上が得そうな票の状況を調べたら、なんと私たちが思うよりかなり多くの票が彼に入る見込みがあることがわかりました。これは彼の地道な活動に加えて、彼を絶賛する情報がネットを通じて驚くべき速さで伝達、拡散されていることが原因のようです。」

 「で、それでなんですか?(すでに少し迷惑そう)」

 「根上は、区長になったら区長机を正面玄関前に置くと言っています。そこで全ての人の話を聞いて役所機構を変革していこうと思ってるようですが、あの根上がそんなことをしたら役所はどうなるかおわかりですか?」

 「(もう早く帰ってくれって感じで)わかりません。何が言いたいんですか?」

 「率直に言います。もし根上が区長になったら必ず自殺者が出ます。」

 「そんなこと言われても..」

 「今日はそのお願いにきました。私は彼の政治姿勢には間違いはないと思っていますが、何しろ先進的すぎるのです。もしあと4年、いや8年あれば時代も変わって、みなさんにも彼を受け入れようという空気が生まれるかもしれません。でも今はどう考えても無理でしょう。秘書の私が、自分の師事する者の立候補を取り下げるお願いをみなさんに頼むのはまことにおかしな話なのですが、でも今はこれが最善の方法なのです。お願いです。みなさんの声を揃えて、自分たちに準備ができるまで彼に立候補を待ってほしいとお願いをしてほしいのです。」

 「そ、そんなことできるわけないでしょう」

 「でもそうしないと、あなたの同僚からも自殺者が出るかもしれないんですよ。」

 「そんなことないですって。」

 「いやあります。彼が区長になったら、全ての不正は間違いなく許されなくなります。」

 「でもここは選挙管理事務所です。私たちは立候補を受け付けるのが仕事で、それ以外のことに口を出す権利はありません。」

 「そこをお願いしているのです。これは私の電話番号です。明日の12時までにここに電話を下さい。もしお電話を頂ければ、根上には私から直接話します。」

 「だから無理ですって!」

 「お願いします!」

 このやりとりを、先日の根上さんのように、出会う職員さんたち全てに対してやった。

 役所を出たら、もう夜の7時だった。

 僕は、一旦自宅に戻り、翌日の電話を待つことにした。

(つづく)
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by tenpapa2013 | 2015-11-09 18:05 | 根上 隆

根上さんとのセッション その8   

《第三部》

 根上さんと別れた翌日、ディズニーランドに行ったときの話をしようと思う。

 ディズニーランドは、みんなも知ってる通りビジターへの気遣いには目を見張るものがある。

 母親と親戚のおばさんの、言わばお年寄り二人を連れて行った僕だったが、全く何のストレスもなかった。(シーの方は、できたばかりの時だったので、若干スムースさに欠けるところもあったが、それでも申し分ない。まさに日本一のヒーリングプレイスだ。)

 ただ今までの僕とは何かが違っていた。それまでの僕なら、ただ楽しんで終わりだったはずが、常に「もっとよくなってもらうにはどうすれば良いか」という視点がなぜかつきまとうのだ。

 決定的だったのは、おばさんの宿泊先のミラコスタへ行ったときだ。

 おばさんの部屋は、エレベーターを降りてから割りと離れたところにあった。

 休日前の混雑時ならまだしも、平日であれば、予約の段階で年齢を聞いて高齢者がいる宿泊客にはエレベーター近くの部屋を用意してあげるという気遣いがあってもいいだろう。(何しろここはディズニーランドだ。)

 部屋で使うスリッパも、大人用と子供用があったが、大人用は明らかにおばさんの足には大きすぎた。大人用にも大小の二種類があってもいいと思う。

 根上さんのパワーは、相手を思うことから生まれる。

 それまでならただ黙っていたであろう僕も、根上さんとのセッション後ではそれを黙っていることなどできなかった。

 気づいたことを数点まとめて、帰りがけにホテルにそれらを伝えることにした。

 「ちょっとお話したいことがあるのですが..」

 ボーイを見つけてそれらの点を話し出すと、さすがディズニーランドだ。

 「恐れ入ります。まずお客様のお荷物を持たせていただけますか?」

 そう言って、僕の荷物を代わりに持ちながら、そして僕の言うこと一つ一つを真剣に聞き取った。

 「ご指摘本当にありがとうございます。必ず改善させていただきます。」

 「ほんと?じゃ、一年後見にくるよ?」

 「ぜひ、いらしてください!」

 そうして、とても良い気分でミラコスタを後にした。

 舞浜の駅に着くと、クレジットカードを申し込むと1000円分の商品券をプレゼントするというキャンペーンをやっていた。

 「これ、申し込むだけで1000円分の商品券くれるの?」

 「はい、差し上げてます。」

 「じゃあ、申し込まない理由ないよね。」

 そう言って、カードの申し込み書に記入し、1000円分の商品券を受け取った。

 その商品券は、舞浜駅内のショッピングセンター用の商品券だった。

 「なんか買うものないかなぁ..」

 そう思って振り返った先に、〈母の日フェア〉サマーセーター1000円!という広告が目に飛び込んだ。

 「そうか、来週は母の日か..」

 手元には1000円分の商品券がある。じゃあ、これでプレゼントを買おう。

 そうしてサマーセーターを一着買って、帰りがけに実家のテーブルの上に置いておいた。

 翌日、ディズニーランドから戻った母親から電話が入った。

 「(申し訳なさそうに)...プレゼントありがとね。あれ、高かったんでしょう?」

 他にもいろんな話があるのだが、ここでは割愛する。

 ただ何しろ、根上さんのエネルギーはやることなすことを全てを面白くさせるのだ。

 ディズニーランドから戻ってすぐ根上さんに電話をした。

 「根上さん、いろんなことありましたよ。根上さんのおかげで面白いことばかりですよ。」

 と、根上さんと別れた後あったことをざっくばらんに説明した。

 「そうか。俺もな、今日池袋の東口で上半身裸でカッターナイフ振り回しちゃったよ。そのあと中村敦夫(議員)の秘書に土下座させちゃったよ。」

 やはりケタが違う。

 その根上さんと急に連絡がとれなくなった。

 どうしたんだろうと思い、根上さんの面倒を見てるSさんと話をしたら、

 「そうなのよーまたいなくなっちゃって。またどっかに捕まってんじゃないの?」

 Sさんはこう続けた。

 「区長の立候補の届けだけはやっとけって言うんだけど、でもあれだって100万かかんのよ。どうせ受かんないんだし、帰ってくるかもわかんないのに100万はねぇ..ま、しょうがないんだけど、でも正直痛いわよ(笑)」

 根上さんが、100万円を捨ててまで立候補しようとするのは、真実から絶対に逃げない人間が区長になったときの覚悟をみなに知らしめるためだ。(根上さんは、田中康夫は知事室をガラス張りにしたが、俺が区長になったら区長机を正面玄関前に置くと言っていた。そこから役所機構を全て変革するつもりらしい。)

 根上さんは、先の参議院選挙では数十票しかとれなかった。

 しかし、今なら2000票はとれると真面目な顔で話していた。

 中野区長の当選ラインは2万票だ。どう頑張っても当選の目はないが、当選せずに本当の「政治」を知らしめる方法はないものだろうか。

 Sさんの話を聞いた僕に一つの考えがひらめいた。

 もし、せめて役所の人たちに、根上さんが区長になることの危機感を伝えることができたなら、立候補しなくても、つまり100万円つかわなくても多少はその目的を達することができるのではないか。

 そう考えた僕は、さっそく中野区役所へ向かった。

(つづく)
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by tenpapa2013 | 2015-11-09 18:04 | 根上 隆

根上さんとのセッション その7   

 区役所の玄関へ降りると、さっきまでいた警官はほとんどいなくなっていた。

 僕たちは、また車を走らせた。

 「根上さん、警察いっぱいいましたね。」

 そう僕が聞くと、

 「だから言ったろう。俺が動くと3000人からの警察が動くと。」

 「でも、何でそんなに警察が動くんですか?」

 「俺が呼んだ。」

 「はあ!?」

 「これから日本刀持って中野区役所に行くと電話したんだ。」

 それで中野署で警備課長に会ったのか。

 事の顛末はおそらくこうだ。

 根上さんは、日本刀を持っていくからしっかり警備するようにと中野署に伝えた。

 しかし中野署員にとっては、きっとこれは毎度の騒ぎなのだ。

 根上さんは、中野がホームタウンである。

 中野署の署員たちは、根上さんが決して刃傷沙汰を起こすような人物ではないことはよくわかっている。

 だからといって警備をサボるとあとでどんな目に会うかわからない。

 要はシュミレーションだ。

 根上さんは、警察の意識がなまらないように、こうやってシュミレーションをさせているのだ。

 早稲田通りを走っていると、何台かのパトカーとすれ違ったが、そのたびに根上さんは僕に車を止めさせ、わざとパトカーの前に飛び出したりする。

 「バカヤロー、危ねえぞ!!」

 スピーカー越しに警察の怒号が響くが、根上さんはおかまいなしだ。

 パトカーに向かってベロベロバーとやっている。

 交番があるとその都度車を止めさせ、交番のおまわりさんに何かちょっかいを出して帰ってくる。

 要は彼は警察が好きなのだ。

 この行為を、出会うパトカーそして見かける交番、全てに対してやっていた。

 少したって落ち着いた頃、根上さんが僕に聞いてきた。

 「そういえばのぶ、お前さっき刑事となんか話してたが、名前言わなかったよな?」

 「はい、言ってません。」

 「(ギロリと睨み)ほんとか?」

 「あ、えーと、あんまりしつこいんで目白署にパクラれたって話はしましたけど..」

 「んんあにーーーー!!!」

 そして、いきなりげんこつが頭に飛んできた。

 「いてっ!」

 「絶対何も言うなって言っただろうが!!それを何でお前はしゃべるんだ!!このバカヤロウ!!!」

 そう言いながら何発も何発も僕の頭をげんこつで殴った。

 「す、すみません..」

 「すみませんじゃない!!お前のような使えない奴は見たことねえ!!」

 「...」

 「で、どうするつもりだ?」

 「はい?」

 「どうすんだよ。まさかこのままごめんなさいで終わらせるつもりか?それは無理だ。」

 「無理と言っても..」

 根上さんとの関係にケリをつけるつもりできた僕だったが、もうそんなことは忘れてひたすらびびっている。

 何しろ根上さんの怒号は、山が割れるかのようなもの凄い声なのだ。

 僕が黙っていると、根上さんは言った。

 「じゃあこうしよう。俺はこれからある家に破壊工作をしに行く。お前をそれを手伝って俺から離れるか、それとも俺と一生このまま一緒にいるかのどちらかだ。」

 このまま一生という選択は、その時の僕にはなかった。

 「..破壊工作を手伝います。」

 「よし、じゃあこの先の辻を左に曲がれ。」

 言われたように、次の角を左に曲がった。

 「スピードを落とせ。こらっ音立てんじゃねえ、静かに行け。そうだ、そしてそこの脇に止めろ。」

 車を止めると、根上さんは後ろのシートからガムテープと何か工具のようなもの取り、「よし、俺が帰るまでここにいろ。戻ったらすぐに車を出すんだ、わかったな?」そう言って、その先にあるアパート目指して走っていった。

 少しして、根上さんが帰ってきた。

 「よし、車を出せ。」

 僕が音を立てまいとゆっくり発進すると、

 「いいから急げ!」

 そうして僕たちは、破壊工作先から逃げるように脱出してきた。

 そのあと、僕は根上さんと口を利かなかった。

 破壊工作っていったい何をしたんだろうという思いと、無事に根上さんから解放されるという気持ちが相まって何を話していいかわからず、ただ車を根上さんの自宅に向けて走らせた。

 そのあと根上さんは、僕が警察と話をしたことをまた蒸し返した。

 そして「お前のようなダメなやつは知らん!俺はここで降りる!」

 そう言って、車を降りてしまった。

 根上さんが車を降りてしまったので、僕は一人で車を根上さんの自宅に届けることになった。

 運転しながら、根上さんとの今日のことが全部思い出された。

 右翼にからんだこと、区役所での突飛のない行動、とんでもない数の警察が出動していたこと、そして最後にやっぱり怒られたことなど。

 「やっぱあの人は僕にどうにかできるレベルじゃないんだ..」

 自分の情けなさに悲しくなった。

 だがそのとき、何で僕は根上さんにまた会いにきたのか、その理由を思い出した。

 「そうだ、僕は根上さんとすっきり別れたくて、それで会いにきたんだった。」

 その瞬間、さっきまでの憂鬱がなくなった。

 その憂鬱感が逆に、今何を根上さんのためにしてあげられるのか、そういう考えに変わった。

 今の僕にできることと言えば..そうだこの立候補の用紙だ。

 これの記入をできるとこだけでも手伝ってあげよう。

 そうして根上さんの自宅に着いた僕は、着くなり立候補の届出用紙を広げて手引きを見ながら記入を始めた。

 根上さんの自宅には、Sさんという根上さんの面倒を見ている女性がいる。

 Sさんは、自分自身も昔学園闘争などで闘った方で、「何年かすればこの人が役に立つ時代が来ると思ってそれで助けてんのよ。」と以前会ったとき話していた。

 家につくなり届出用紙の記入を始めた僕に、Sさんは言った。

 「どうしたの?」

 「いやーまた根上さんに怒られちゃって。何発も殴られたけど、でも今は殴られたことが気持ちいいんです。それより何か彼のためになることをしたいと思って。これだけやらせてもらえますか?」

 そうしたらSさんが、

 「なんか気持ち悪いねえ。」

 と言うので、

 「今まで根上さんと一緒にいて、こういうことなかったですか?」

 と聞くと、

 「ないない、あなたが始めてよ、こんなの。」

 そこへ根上さんが帰ってきた。

 「おかえりなさい!」

 僕がそう言うと、根上さんは床に散らばった届出用紙に目をやって、そして手をさすりながら言った。

 「お前の頭固えなぁ、おかげで手が痛いよ。」

 その翌日、僕は根上さんと本当に楽しい時を過ごした。

 弁護士の無料相談会が近所であるからと言われ、それについていった。

 僕たちも困ったことがあったら、そういうサービスをもっと気軽に利用すればいいのだ。根上さんは、本当にいろんなことを教えてくれる。

 昼飯を食べに入った食堂で、根上さんはものすごい勢いで店に置いてあるマンガを読み始めた。

 食事がくるまでの間、食べてる最中、そして食べ終わったあともずっとずっとマンガを読み続け、時間になって店を出る寸前「やった!50冊読破したぞ!」と本気で喜んでいた。

 その後根上さん宅に戻ると、もう家に帰らなければならない時間になっていた。

 翌日親戚のおばさんが東京に出てくるので、ディズニーランドへ連れて行くことになっていたのだ。

 「名残惜しいけど、僕帰ります。根上さん、本当にありがとうございました!」

 そう言うと根上さんは、

 「待てのぶ、今おばさんに会ってはダメだ!会ったらおばさんが死ぬぞ!」

 僕と根上さんの間には、もはや全くのわだかまりもなかった。

 だからこそ、僕たちの上昇したエネルギーでは普通の人にダメージを与えかねない、そう心配して言ったのか、またはただ寂しかったからか、それはわからない。

 「大丈夫です(笑)根上さん、ほんとうにありがとね!」

 そうして僕は根上さんに駅まで送ってもらい、帰宅の途についた。

 根上さんにもらったエネルギーのおかげで、翌日のディズニーランドは本当に楽しい時になった。

 そして親戚のおばさんはもちろん今も健在である。

《第二部 完》
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by tenpapa2013 | 2015-11-09 18:03 | 根上 隆

根上さんとのセッション その6   

 根上さんは、各右翼団体の事情を恐ろしく把握している。

 おそらくあの右翼は北方領土問題について強く行動する団体で、だから鈴木宗男逮捕の影響を聞いたのだ。

 そんなこと、交通をマヒさせてまでやることではないと思うかもしれない。

 確かに、もしその右翼が志を失った者たちだったら、ただの気ちがいの嫌がらせ以外の何物でもなかっただろう。

 だが、もし本当に志を強く持つ者たちだったとしたら、常識を超えて(だいたい通常の常識の範囲では、北方領土問題など絶対解決しない)自分たちを支持するものがいることを嬉しく思ったのではないか。

 そのあと僕の運転する車は、根上さんの指示で中野警察署へと向かった。

 中野警察署で、彼は警備課長(だったと思う)と話をしていた。

 そのあと中野区役所に向かうのだが、道を走っていると何かパトカーが多いなということに気づいた。

 最初は気のせいかと思ったが、明らかに多い。

 すれ違う車の10台に1台はパトカーだったりする。

 しかも、その台数はだんだん増え続け、区役所の前には何台かのパトカーと警官たちが立っていた。

 それを尻目に、根上さんは9階へと上がっていった。

 9階には選挙管理事務所がある。

 根上さんは、何週間後かにある中野区長選挙に立候補するために、届出用紙を取りにきたのだ。

 9階にも刑事たちがうようよしていたが、なぜかみんな面倒くさそうな顔をしていた。

 刑事が僕に話しかけてきた。

 「おい、お前名前はなんて言うんだ?」

 「絶対に言うな!!!」

 奥から根上さんの怒号が響いた。

 「ああ言ってるし、言えません。」

 「別に言ったって大丈夫だから言っちゃいなよ。おい、なんて言うんだ?」

 あまりしつこく聞くので、「先日目白署に逮捕されてるから、そこに聞けばわかります。」と答えた。

 「正直に言えばいいのに..」

 そういって刑事は離れていった。

 根上さんは、担当の人としばらく話をしていた。

 そのうち刑事がしびれを切らしたように聞いた。

 「根上ちゃーん、そろそろ帰っていいかい?」

 「まだだ!!7時までいろ!」

 ためいきをつく刑事たち。

 根上さんを警備しているというより、根上さんに警備させられているという感じだ。

 担当とのやりとりが終わった根上さんは、そのまま職員のみんなが仕事をしているところに入っていった。

 「おい、課長、元気か?」

 そう言いながら、課長さんらしき人の肩を叩いた。課長さんは無視だ。

 根上さんは、ひげも髪もぼうぼうの上、薄汚れたヨレヨレのジャージ姿だ。

 そんな格好の人間が突然職場に入ってきて(しかもまだ区長でもないのに)いきなり話しかけてきても普通は無視だろう。

 全く相手にしない課長さんを一瞥して根上さんは言った。

 「俺が区長になったら、お前は一番にクビだ。」

 そうやって、9階の全員に話しかけたあと、8階で同じように全員に話しかけ、7階、6階へと降りていった。

 6階には、会議中の札がかかった部屋があった。

 まさかここには入らないだろうと思っていたら、ノックもせずバタンッとドアを開けてそのまま空いている席に座った。

 会議をしていた人たちは、みんなポカンとして見ている。

 「続けろ」

 根上さんが会議を続けるように促すと、女の人がたまりかねたように言った。

 「何言ってるんですか!会議中ですよ!出て行ってください!」

 「わかったよ!」

 そう言って根上さんはバタンッとドアを閉めて出てきた。

 僕は、根上さんがみんなに話しかけてまわるのを、とまどいながらも実は好意的にもみていた。

 働く者全員に気兼ねなく話しかける、これは区長としてはとても良いことだからだ。(ただ、まだ区長になってないということが問題なのだが)

 そうは思ったが、会議室にまで乗り込むのはどうかと思い聞いてみた。

 「根上さん、さすがに会議中はまずくなかったですか?」

 そうしたら、
  
 「お前、何にも見てないんだな。今の会議、男一人であと全部女だっただろう。女に言わせてどうすんだ!はい、次!」

 これも今にして思えばだが、もし俺が暴漢だったらどうするんだ、そういう時のシュミレーションがまるでできていない(要は危機感がない)、そういうことを言いたかったのだろう。

 そうやって5階、4階と降り、3階についた。

 中野区役所の3階には、区の議会場がある。

 その時間は議会があったはずなのだが、根上さんが来てると聞いて、みんな帰ってしまっていた。

 誰もいない議事机の上に、段ボール箱が一つだけ置いてあった。

 その箱の中を覗いた根上さんが、ニヤリと笑った。

 「どうしたんですか?」と聞くと、箱にあった1枚のチラシを僕に見せた。

 若手議員の講演会のチラシだ。

 「こいつは見所があるんで応援してるんだが、こないだ事務局に電話して講演会ないのかって聞いたらないって言いやがったくせにしっかりあるじゃねえか。」

 そう言って、チラシをポケットにねじ込んだ。

(つづく)
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by tenpapa2013 | 2015-11-09 18:01 | 根上 隆

根上さんとのセッション その5   

 根上さん宅につくと、今日は出かけるのでついてこいという話になった。

 根上さんは、以前は都内に住んでいたが、今は埼玉にいてもう東京にはあまり出ないということだった。

 その理由を根上さんは、「俺が東京に出ると3000人の警官が動くからなあ」と話していたが、相変わらず大げさなこというなあともちろん聞き流した。

 僕の運転で、根上さん宅を出発した。

 途中、交差点が赤信号になったので止まろうとすると、何やってんだ、行け!と根上さんが言った。

 赤信号です、危ないですよと言うと、いいから行け、と言う。

 そのうち白バイが止まっている交差点に差し掛かった。

 いくらなんでもここで行けとは言わないだろうと思っていたら、ここでも行けと言う。

 しかもここで行かなくてどうする!ぐらいの勢いだ。

 もちろん止まったが、さすがに聞いた。

 「あれで行ったら捕まりますよ。」

 「道交法で、緊急のときの違反は認められている。」

 「緊急って、なんの緊急ですか?」

 「歯医者だ。」

 「...」

 そうしてまた車を走らせた。

 (一応説明しておくと、根上さんは僕がどこまでアホなのかを試していたんだと思う。僕がもし本当に捕まったら、脅してそうさせたとでも言うつもりだったんだろう。)

 環八(笹目通り)に土支田という交差点がある。

 そこで信号待ちをしていると、右翼の街宣車が軍歌を大音量で鳴らしながら前方で停車していた。

 「おい、のぶ、車そこに止めて待ってろ。」

 (はじまった..)

 そういうと、根上さんは真ん中の車線の先頭で停車している街宣車に向かって走り出した。

 遠目に見ると、根上さんは窓を開けさせて運転手に向かって何か話しているのが見える。

 そのうち、信号が青になった。

 しかし街宣車は、根上さんと話したまま出発しない。

 止まっている車が右翼の街宣車だからか、誰もクラクションを鳴らそうとしない。

 まるで事故を起こした車をよけるかのように、1台づつ譲り合いながら街宣車の両脇をそろそろと車が流れていく。(交番が目の前にあるのに、警官は出てこようともしなかった)

 少しして街宣車は発進し、根上さんは走って戻ってきて言った。

 「のぶ、追え!」

 「は?」

 「いいから追え!」

 それから少しの間街宣車を追いかけさせられ、根上さんの「もういい、曲がれ」の声で追跡は終わった。

 緊張から解放されて、ようやく尋ねる余裕ができた。

 「根上さん、さっきは何を話してたんですか?」

 「ん?いや、鈴木宗男が捕まって大丈夫かって聞いてたんだ。大丈夫だって言ってたよ。」


(つづく)
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by tenpapa2013 | 2015-11-09 17:59 | 根上 隆

根上さんとのセッション その4   

《第二部》

 僕の家族は、根上さんに関係して僕が姿を消したと予想していた。

 根上さんのことを検索した履歴が、兄貴のパソコンに残っていたからだ。

 以前から、僕は根上さんのことを家族に話していた。

 あの人が政治家として活動できるようになれば必ず世の中は変わる、機会あるごとにそう力説していたが、彼のあまりにも並外れた行動を家族はもちろん理解できず、そのうちに根上さんの話をすることはタブーとなった。

 僕はタブーというものがあまり好きではない。

 聞きたくない話に耳を貸さないのは理解できるが、世の中のことを思う気持ちまで否定されては、本当のコミュニケーションなどとれなくなってしまう。

 実は、警察が僕を黙秘と決め付けたことをあえて放っておいたのは、そこにも理由があった。

 本当に知ってほしいことを話すことができないのなら、一緒にいられないことはもちろん、消息が途絶えることすらあってもしょうがないのではないか。

 そのことを(僕はそう考えるタイプの人間だということを)家族にはわかってほしかった。

 根上さんとの衝撃的な再会から帰ってきた僕に、母親はとてもやさしかった。

 事件のことには触れずに、無事に戻ってきた息子をただいたわってくれた。

 母親の優しさには感謝だったが、根上さんのことについては、何か釈然としない思いが続いていた。

 僕の家族は、間違いなく根上さんが僕をトラブルに巻き込んだと思い込んでいる。

 しかしその引き金を引いたのは僕だ。自分から連絡をとっておいて、しかもその結果彼に多大な迷惑をかけてしまった。

 車の修理代だって何十万とかかるはずだ。

 事件の後少しして、母親と兄貴は気晴らしにか僕を旅行に連れて行ってくれた。

 その旅行先で、僕は考えに考えたあげく母親に言った。

 「もう一度根上さんのところに行く。」

 母親に、いきさつを全て説明した。

 そして、このままでは納得できない、もう一度会ってきちんとケリをつけてくる。そう伝えた。

 母親はとても困った様子だった。兄貴にも絶対行くなと止められた。

 それでも折れない僕に、母親はしばらく考えて、そして半ばあきらめたように言った。

 「あなたの好きなようにしなさい」

 その時だ。携帯のベルが鳴った。根上さんからだった。

 電話に出るなり根上さんは言った。

 「で、いつ来るんだ?」

 あまりのタイミングの不気味さに、先日のぞっとする感覚がよみがえった。

 今、母親に言ったことなど忘れて、もう関わるのをやめたい衝動にかられたが、ケリをつけなければという気持ちの方が強かった。

 「..なるべく早く行きます。」

 そうして再度根上さんと会う約束をすることになった。

 ただ、行くと約束したものの、いざ行こうとすると相当ためらった。

 実家の居間でどうしようか迷っていると、根上さんから電話が入った。

 「のぶ、テレビ見てるか?」

 「見てないです。」

 「3チャンネルで面白い番組やってるから早くつけろ。」

 3チャンネル(教育テレビ)をつけると、「デジタル」についての講義を放送していた。

 少ししてまた根上さんから電話が入った。

 「のぶ、12チャンネルでマッドマックスやってるから見ろ。」

 「わかりました。」

 テレビを12チャンネルにつけ変えた。

 根上さんからまた電話が入った。

 「のぶ、3チャンネル見てるか?」

 「いえ、今はマッドマックス見てます。」

 「なんで両方見ないんだ!」

 「そんなこと言っても..」と顔を上げると、今見てるテレビの他に、向かいにもう一つテレビがあるのに気が付いた。

 気が付くと同時に電話は切れた。

 一瞬、監視カメラがあるような感じがした。

 根上さんに会いに行くのをますます迷いそうになったが、母親にああ言った手前もう行かないわけにはいかない。

 勇気を振り絞って、根上さんに電話をした。

 「のぶです。これから行きます。」

 そうして、根上さん宅へ向かった。

(つづく)
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by tenpapa2013 | 2015-11-09 17:57 | 根上 隆

根上さんとのセッション その3   

 前述したように、僕には前科、つまり逮捕、留置された経験がある。

 1994年のことだが、その時の留置所の中は、結構ほのぼのしたものだった。

 同房者の罪状は、死体遺棄で捕まったヤクザの人が一人いたが、あとは大麻や軽い窃盗などで、みんな結構仲良くやっていた。

 それから7年後、また留置所に入ったわけだが、その様変わりにはびっくりした。

 同房者の人格から犯した罪の内容まで、すべてがエグくなっていた。

 この話は、近所の人からバイト先の若者までみんなに読んでもらおうと思ってるので、そのエグさについては、気持ち悪すぎるし話す必要もないので書かない。

 ただ「ぞっとすること」、これが増えていたことは間違いない。

 僕は(別にその気はなかったのだが)完全黙秘ということになったため、外の人との全てのアクセスが禁止になった。

 そのため、突然消えた僕を家族は必死になって探した。

 もちろん警察にも照会したわけだが、例え該当者が僕だとわかっていても、黙秘をしてると「そのような人はいませんね」という答えになる。

 同時に、その頃刑事さんたちは、何かとんでもないことに巻き込まれた予感に焦っていた。

 2,3日すればクスリが切れて大人しくなると踏んでいた根上さんが、日を追うごとにますますパワーアップを始めたのだ。

 「おい、あいつ何者なんだ?」

 「お前の方からもなんとかしてくれよ。」

 根上さんは逮捕歴何十回、留置中に、飼っていた子猫や小鳥を連れてこさせて署長に世話をさせたという逸話もあるぐらいの豪の方だ。

 こうなると、警察のとる手は一つしかない。

 精神異常ということでの措置入院。

 拘置期限の最終日、刑事さんの「お前やってないならやってないと最初から言え」というせりふ(何言っても信じてくれなかったじゃない)とともに僕は釈放。

 根上さんはそのまま精神病院送りとなったが、その病院というのが、根上さんが何度も送られているうちに彼のよき理解者となった先生のいる病院だった。

 「根上ちゃん、どうする?泊まってくか?それとも帰る?」

 「帰る」

 そうしてその日のうちに我々は彼の家で再会することになった。

 今はこうやって彼への尊敬と感謝をこめて話ができているが、そのときはただただ困惑するのみだった。

 窓ガラスがむちゃくちゃに割れ、ビニールが張られた彼の車、全ては大声を出し警察に通報されてしまった、もっと言えば彼が常に「真剣な」人物であることを知っているにもかかわらず、軽い気持ちで連絡をとってしまった僕の責任なのに、そのことも素直に謝れない。

 気まずくなっているに僕に、彼はこう言った。

 「のぶ、今度はもっとうまくやろうな」

《第一部 完》
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by tenpapa2013 | 2015-11-09 17:56 | 根上 隆

根上さんとのセッション その2   

 目白署に連行された僕たちは、さっそく刑事たちの取調べを受けた。

 刑事は僕たちのことを過激派か何かだと思ったようだ。

 「さあ言え!全部言え!言わなくても全部俺たちが吐かせてやる!」

 そう息巻く刑事たち。警官の自転車をはねて(根上さんはあの時、凄まじい気合で警官を自転車から飛び降ろさせた。罪のない人を傷つける人では決してないことをここはきちんと言っておく)逃げたわけだから、そりゃ刑事が息巻く理由も気持ちもわかる。

 ただ何かが気に入らなかった。

 僕は落ち着きさえすれば素直に話したいと思っていた。

 それなのに、そんな想いに全く気付かず素人がやるようなあまりにも単純な決めつけ、それを本気で目の前でやっている。

 そんなことでこれから起こりうる21世紀の犯罪に対処できるのか。

 「刑事さん、そんな態度じゃ僕、話す気になれませんよ。」

 そうしたら刑事が、

 「ああそうか、わかった。お前黙秘だな。わかった。(まわりに向かって)こいつ黙秘です!ただお前、完黙(完全黙秘)は大変だぞー。」

 じろりと睨むまわりの刑事たち。

 なんだこの人たちは!?と思っていると、隣の取調室から、根上さんの怒号が聞こえてきた。

 「だーかーら言ってんだろう!!天丼とうな重と寿司の特上を持って来い!!話はそれからだ!いいから早く持ってこい!!!」

 ここで彼の行動の意味を説明しておくと、彼は僕をとにかく早く釈放させようとして、あえて自分が気違いのような行動をとっていたのだと思う。

 しかし、僕も昔よりは社会派になっていた。この機会にいろんなことを見てやろう、そう覚悟を決めていたので、結果根上さんはエスカレートせざるを得なくなり、拘束服を着せられて留置所に転がされるところまでいってしまう。(出来の悪い弟子で本当に申し訳ない。)

 「きっとシャブですよ。そのうち大人しくなりますよ。」

 刑事たちが話しているのを聞いて、「うわ、知らないぞ」、そう心の中で思った。(根上さんはただ職質を無視しただけである。それに根上さんを甘く見ると相手が誰であろうと本当に大変なことになる)

 そのうち刑事が、僕の指紋をとり、照合をしに行った。

 僕は以前に、薬物事犯での前科があるので、これで身元がバレるかな、と思った。

 少しして刑事が帰ってきてこう言った。

 「おいっ!お前岐阜の松田だろう!」

 「はっ!?いえ、違います。」

 「あん、なにぃ?」

 そう言ってまた消え、取調室に帰ってきて、やはり別の人の名で俺を呼んだ。

 (指紋の照合って結構あてにならないんだな)

 そんなことを繰り返しながら、結局その日の取調べは終了、根上さんは前述のように拘束服のまま一晩中暴れて下さり、僕は別の警察署に移送され、そこに留置されることになった。

(つづく)
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by tenpapa2013 | 2015-11-09 17:55 | 根上 隆