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根上さんとのセッション その10

 翌日、12時を過ぎても電話は鳴らなかった。

 彼らに電話する意志がないことを確認した僕は、そのまま池袋の東急ハンズへ向かった。

 ジョークグッズコーナーで偽の傷を作るグッズと血糊インクを、そのあと薬局で包帯を買い、中野へと向かった。

 中野の駅前で、女子高生たちを呼び止めて聞いた。

 「ちょっとお願いがあるんだけど」

 「なんでしょう?」

 「これを使っておじさんに怪我人のメイクをしてほしいんだ。やってくれたら少し払うよ。」

 「やだーこわーい」

 道行く人何人かに聞いたが全て断られた。

 (これはどっかの店でやってもらうしかないな..)

 とりあえず、駅前の美容室に入って聞いた。

 「すみません。このグッズを使って僕に怪我人のメイクをしてほしいのですが..」

 その美容師さん(たぶん店長)は、最初は不思議そうな顔をしていたが、メイクをして区役所へ行きたいこととその理由について若干の説明をすると「やりましょう」と引き受けてくれた。

 とても熱心に、おそらく30分ぐらいかけてやってくれたと思う。

 店長さんが、僕の持ってきた傷ペースト、血糊インク、そして包帯を使って施してくれたメイクは、完全に大怪我を負った者の顔になっていた。

 「こんなもんでどうですか?」

 「バッチリです。ありがとうございます。いくら払えばよろしいですか?」

 「うーん、こんなことやったことないから..2000円ぐらいでどうですか?」

 「全く問題ないです。ありがとうございます。」

 「何か知らないけどがんばってください。」

 そう励まされた僕は、お金を払って店をあとにした。

 中野区役所に着いた。

 昨日話しかけた人の名前は、名札を見て全て控えてある。

 まずは9階の選挙管理事務所に向かった。

 「...○○さん、いらっしゃいますか..」

 ○○さんが出てきて、ぎょっとした顔で僕を見た。

 何かを言いかけた彼の言葉をさえぎり僕が言った。

 「...どうして電話くれなかったんですか?」

 「ど、どうしてって、だから無理だって言ったでしょう!それよりどうしたんですか、その怪我は?」

 「いいんです...」

 そう言ってトボトボと選管をあとにした。

 この作業を、前日話しかけた全員に対してやった。

 メイクの出来があまりにもよかったからか、会ったほぼ全員が絶句した。

 中には、本当に心配してくれた職員さんもいたかもしれない。

 根上さんに対しての恐怖感を必要以上に植え付けてしまった感も咎めない。

 その手法が合っていたかどうかははなはだ疑問だが、ただ僕は区役所のみんなに「びっくり」をしてほしかった。

 「根上さんはどうせ落ちるから大丈夫」ではなく、根上さんが区長になったときに起こりうる激変に対し、少しでも動揺をしてほしかった。

 それが、彼の立候補をやめさせる僕にできる最大限の行為だった。

 中野区役所を出て、さあどうしようかと考えた。

 訳のわからぬ注文に、美容師さんが真摯に応えてくれたせっかくのメイクだ。金もかかっているし、このまま落とすにはもったいない。

 僕はそのメイクのまま、しばらくうろうろしてみることにした。

 新宿に出て、帰宅ラッシュの山手線に乗った。

 みな僕のまわりに近寄ろうとしない。

 ただ近くにいた子供だけが、「おじさん、傷がとれてるよ」と言った。

 「えっほんとか!?」

 そう言って、手探りで傷を直した。

 それでも、他の乗客には全く変化はなかった。

 その後、メイクを見せに友達の家を何軒かまわったのち、根上さんの家へ行った。

 「どうしたの、それ!?」と聞くSさん。

 「何でもないです。洗面所借りますね。」

 そう言ってメイクを落とし、今日の行動の報告書を書いた。

 「Sさん、立候補の届出はやめましょう。」

 「ほんと?大丈夫?なんか心配よ。」

 「大丈夫です。」

 そうして、根上さん不在の彼の家に一晩泊まったあと自宅へ戻った。

(つづく)
by tenpapa2013 | 2015-11-09 18:06 | 根上 隆 | Comments(0)